2005年 08月 05日 ( 1 )

The Giving Tree シェル・シルヴァシュタイン 日本語訳「おおきな木」

c0025437_23113039.jpgこれは去年私が古本屋で買った本(英語版)です。
(右の写真は日本語訳の本)
なぜ今更取り上げるのかというと、下の記事で紹介してる本で取り上げられていたからです。
(「メディアにひそむ母性愛神話」)

絵本の内容は・・・
あるところに一本の大きな木がありました。彼女はある男の子を愛していました。
男の子は毎日落ち葉で遊んだり木に登ったり枝の中を泳いだりリンゴを食べたりして木で遊んでいました。
彼も木のことが大好きでした。木は幸せでした。
でも、男の子は成長していき、木は一人になることが多くなりました。
ある日少年になった男の子がやってきました。木はとてもうれしくなりました。前のように私で遊んでいってと言うと男の子は「木を登るには大きくなりすぎたよ、僕、欲しいものがあるんだ。お金ちょうだい。」と言います。木はお金など持っていません。「では私のリンゴを町に持って行って売りなさい、そうすればお金になって幸せになれるわ」男の子はリンゴを全部持って遠くへ行ってしまいましたが木は幸せでした。
同じように、男の子はずっと木のところへ戻らないのに
年頃になると 家が欲しいと言っては     木の枝を全て持って遠くへ行ってしまい、
中年になると 舟が欲しいと言っては     木の幹を全て持って遠くへ行ってしまうのでした。
それでも、木は幸せです。。。でも本当は違った。
そして最後は男の子はおじいさんになって疲れたから座るところが欲しいと言ってきます。
木は、自分の切り株が丁度いいと言います。切り株とおじいさん・・・
木は幸せでした。

こんな感じですかね。
私がこの本を初めて読んだのは中学生。
なにかわからないけど納得できない本でした。
なにがいけないのかわからないけど、とにかく不満を覚えるような感じで、決して「よかったね」と言えるような本ではないと感じました。
でも、先生は絶賛でした。
なのでこの本のことは心に残っていて去年古本屋で見つけたとき購入しました。

これはですね、無償の愛をうたっているんですね。
そしてその無償の愛は「母性愛さながら」と訳者のあとがきに書かれているそうです。

でも、母親の愛は無償ではない!!というのが大日向さんの意見です。
「何か手応えがほしいと思ってしまう」
そりゃあそうですよね。
私は大日向さんの本を読んで、やっと中学生の頃のあの気持ちがどこから来たのかわかりました。
男の子は、別れ際木の方なんて見向きもしないんです。
何かをもらっても、うれしい顔一つもしない。
助けてもらっているのに、感謝もしない。
そこなんです!!
感謝までいかなくてもニコッとうれしそうに笑ったなら、この話もすんなり受け入れられていたでしょう。
男の子のうれしそうな顔に木はどれだけ救われるでしょう。
この本は、救われるものがないのに美しい話として結んでいる。
そこが問題なんです。

私も子どもと色々接する身として、母親の気持ちが少しはわかったとは決して言えないけれど想像することが出来ました。
私の話だけど・・・
私は、子どもが好きです。
でも、24時間好きなわけではありません。
子どもと一緒にいてきついときも、ぶっちゃけ嫌だなって思うときもあります。
でも、子どもと一緒にいて、笑顔とか、ちょっとした行動とか、他人にはどうってないことに、とってもとっても喜びを感じるから、愛しいと思うから「子どもが好き」です。

母親だって一緒なんです。
24時間わが子がかわいいわけではありません。
体調が悪いのに家に二人っきりのときとか、きついのに泣きやまないときとか、
そんな時でも子どもの全てをかわいいと思える人はそうそういません。
母親だって人間ですから、子どもだって一人の人間ですから、子どもにイライラするときだってあるでしょう。
でも、それでも我が子を愛おしいと思えるのは、自分にとってうれしいことがあるからだと思います。
子どもが自分を気遣って「大丈夫?」と言ってくれた、手をつないだらとてもうれしそうに笑った、自分のことを「大好き」って言ってくれた・・・何より子どもの笑顔はかわいいですから(^^)
そういうことがあって、母親も子どもとやっていけるんです。
見返りは、ただの笑顔です。でも、なによりも強い笑顔です。

なのにこの本はそこんとこ書いてないから自然じゃない。

木が、何の見返り、手応えもないのに幸せと感じるはずがない。

母親が、何の見返り、手応えもないのに愛おしいと感じるはずがない。
(だって新生児は自分の意識に関係なく笑顔のような顔をつくるようできている。
 それって、母親に育ててもらうためには愛おしいと思ってもらわなきゃ
 何もしゃべれない、反応できない自分を育ててもらえないわけで、
 そのためにあるんでしょ?
 母親は、手応えがあってこそやっていける。ないとやっていけない。)

そして母親の話になるけれど、
「母親は子どもをかわいいと思うものだ」という考えが当たり前に浸透していて、
勿論自分(母親)自身のなかにもある。
だから「子どもに対して邪魔だと思ってしまった」という事実に母親は自分を責める。

それって当たり前のことなのに。
誰もが思うことなのに。
24時間愛し続けることが出来る人なんていないんぢゃないかな。

だから、母親にはもっと母性神話についてよく知ってもらいたい。
また、この絵本の作者も無償の愛を信じている。
これを読んだ人も無償の愛に心を打たれ、いいものだと思ってしまう。
でも、母親の愛は無償の愛でなくていい。
小さな事に大きな喜びを見いだして、そういう見返りをもとにして、つらいことも乗り越えながら子どもを愛すればいい。

さて、なーんか話題の交錯したものになってしまいましたが
(しかもうまく言えてませんが)
今日はここでおしまいでーす。
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by sumomomomomomo55 | 2005-08-05 00:21 | 絵本・児童書