アレクサンダとぜんまいねずみ レオ=レオニ

c0025437_11561016.jpg絵本は奥深いですよねー。
ブックオフにて1000円で購入しました。
絵本って元々も高いけど中古でも高いのね・・・クスン。

作・絵はスイミー書いた方。
訳は谷川俊太郎(こっちもスイミー訳したのかな?)

絵本って、子どもには分からない伏線というか、作者のメッセージが込められていると思うんです。
この話のあらすじは・・・人間にきらわれる鼠アレクサンダがアリー(人間)のお気に入りおもちゃぜんまいねずみのウィリーと出会います。みんなにちやほやされるウィリーに比べ、「ぼくはあんまりだいじにされない」と悲しくなるアレクサンダですが、友だちができてうれしかった。それからはすきさえあればウィリーのとこへ行き二匹でお互いの生活の話をしました。ある日、ウィリーはアレクサンダに不思議な話をします。なんでも庭に生き物を他の生き物にかえることのできるとかげがすんでいるとか・・・。「ぼくを君みたいなぜんまいねずみにかえられるっていうの?」   アレクサンダはトカゲに会い、条件である紫の石を探しますがどうしても見つかりません。ある日、アレクサンダが見た物は、ゴミ箱行きの箱にウィリーが入っている姿でした。「かわいそうに、かわいそうなウィリー!」そのとき突然何かが目に映った。それは紫の石。さて、アレクサンダの願い事は・・・・ウィリーを鼠に変えることでした。

てな感じです。
ま、子どもの時だったらアレクサンダが自分のことでなく、ウィリーのことに願い事をつかったってのが注目ポイントですね。
でも、私はウィリーの気持ちに切なくなりました。

「台所へ行ってパンくずを探そうよ」
「ぼくだめなんだ」ウィリーはいった。「ねじをまいてもらったときしか動けない。でもいいさ。みんな僕をかわいがってくれる」
この、「でもいいさ」以下は、自分に言い聞かせているように思います。
ほんとはウィリーだってどこにでも行きたいのに、アレクサンダと違ってうらやましいという感情を相手に見せません。
それだけでなく自分に言い聞かしています。でもいいさ・・・ってね。

とかげの話だって、自分も普通のねずみになりたいという気持ちがあるのに、その感情は相手にみせていないこと、そして自由に動けない(これがまた相手をうらやむ原因であることがみそ)ことが理由で自分の願いはとかげに伝えることが出来ません。
それで自分を押し殺してアレクサンダに教える。
アレクサンダは「ぼくを君みたいなぜんまいねずみにかえられるっていうの?」なんて簡単に言うからさ。
ウィリーにとっては羨ましくもあるよなーとか。

なんかそんな感じです。
簡単に言えばウィリーだって感情はある。
ってのが子どもの時にはわからなかったことのように思います。
小学生の時は先生も人間で傷つくことだってあるとか知らなかったってのと似てる気がする(全然違う?笑)

あと、紫の石が見つかるタイミングですかね。
これは勿論、アレクサンダが自分のためでなく、他人のために何かを思ったから、見つかったんだと思います。
今まで絶対見つからなかったのにね。

ま、そんな感じで絵本は奥深いです。

でも一番の魅力はやっぱり読んだ後のほのぼのさかな~。
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by sumomomomomomo55 | 2005-02-09 11:14 | 絵本・児童書
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