限りなく透明に近いブルー 村上龍

c0025437_161755.jpgなにかと話題性のある作家さんですからね。
一回読みたいと思っていました。
(テレビで人物を見た限りではあまりいい印象は得られなかったがそれは作品とは関係ないし)
でも、本選び失敗した?(^^;
なーんか、最後まで読めずに終わっちゃいました。

過激すぎ!!

内容に嫌気がさして、最後の方パラパラ見ても同じようなこと書いてあるんだもん・・・挫折しました。
でも、解説を読んで納得したことがあります。
それは「没主体の文学」です。
「私および私の行為はどのようにも意味づけられていない」「唇を吸おうとする僕と、それを見ている僕はまったく無関係なのだ」というのにすごく納得してしまいました。

この作品の内容は、ドラッグやセックスやら本当に色んなことが過激です。
そして地の文は「僕」の一人称で書かれているんです。
周りが過激な中、僕は一人常識的な、イカレていない人物のように映ります。
周りがすごいのに僕はそれに乗じることもなく冷静に見えるからです。
読んでるこっちとしては「リュウ(僕)はまともな人なんだな」と感じてしまいます。
けれど突然!リュウも狂った行動をします!!なんの前触れもなく。
だからこっちは驚きます。「リュウもこんなんするん?」
そしてまたリュウはやっぱ冷静だよねと思わせておいて、また突然!・・・の繰り返し。
へんだなーって思ってました。
それが解説を読んで分かりました。

地の文は「僕」の一人称だけど、そこに生きているリュウぢゃない。
これは過去の自分を今の自分が見て、説明しているようなものだと感じました。
作者の自伝らしいから、そういうことがやりやすかったのかもしれません。
とにかく、当時のリアルに生きているリュウの視点ぢゃないです。
だからリュウのことは他人のように、考えていることが分からない。(作者は狙って書いてるな)
他人の考えていることなんて人間にはわかり得ないことであって、行動を見て勝手にその人の考えとか思いとかを決めつけて暮らしている。
それって人間全員が無意識のうちにやっていること。
わかるのは自分の考えだけ。
でも、自分のことはわかる。
この作品は「僕」の視点で書かれている。
僕ってリュウ。ってことはリュウの考えは逐一わかるのが当たり前。大前提。
だって自分には自分の考えがわかるんだから。
だけど、この作品の僕はリアルなリュウではなくて、それを解説では「唇を吸おうとする僕と、それを見ている僕はまったく無関係なのだ」と言っている。
その通り。
だから、別なんだから相手の考えていることなんてわからない。
ここに「自分(=考えが分かる)と思っていたのに実は違う存在(=考えが分からないもの)であった」という『差』が生じて、そこに無意識に「変だな」と感じていたんです。
ほぉ~

でも最後まで読めなかった。
村上龍でもっと楽しいのないやろうか?
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by sumomomomomomo55 | 2005-07-27 15:59 | 小説
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